大黒摩季の元旦那は誰?画像写真はある?元サッカー選手?離婚理由は不妊

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芸能ニュース

 

シンガー・ソングライター大黒摩季(49)が、2003年に結婚した一般男性と今春に離婚していたことが、報じられました。同じ道産子としては放っておけないニュースなのでいろいろと調べてみました。

今回は大黒摩季さんのプロフィール、離婚された元旦那さんについて、離婚理由についてまとめていきたいと思います。

 

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大黒摩季さんのプロフィール

・名前:大黒摩季(おおぐろまき)
・本名:大黒摩紀(おおぐろまき)
・生年月日:1969年12月31日
・出身:北海道札幌市
・血液型:A型
・所属事務所:ビーイング

大黒摩季さんは、3歳からクラシックピアノを始めて小学校の頃からすでに作曲をされていました。幼少の頃のオモチャがピアノだったということから音楽センスが幼少期の頃からメキメキと開花されていったのでしょう。高校卒業後に歌手になる夢を追って上京されます。

そしてコーラスなどの下積み生活を経てメジャーデビュー。その後は「あなただけ見つめてる」「夏が来る」「ら・ら・ら」「熱くなれ」などのヒット曲を連発して1996年度の長者番付では歌手部門10位まで上り詰めました。

地元北海道への故郷愛が強く、『長沼町立長沼中学校』の新校歌を作ったり、さまざまなPR活動やイベントに精力的に参加していました。

2010年8月に通算13枚目のアルバム「すっぴん」の発表とともに子宮疾患の治療のため、無期限活動休止を発表します。その後は子宮全摘出の手術を受け、長年患ってきた子宮疾患を完全克服して活動を再開されています。

 

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大黒摩季さんが離婚した元旦那さんは誰?画像写真はある?

 

大黒摩季さんは2003年の34歳の時に、1歳年下の一般人男性と結婚されました。2人の馴れ初めは合コンとのこと。国民的歌手の結婚とあって、当時からも相手の旦那さんは一体誰なのか、何ものなのかが予想されていました。

しかし元旦那さんは大黒摩季さんのことが歌手だということは知らないで交際が始まったみたいです。やはり大黒摩季さんのような国民的スーパースターが選ぶ相手はこういった自分のことを特別視しない方がいいのかもしれませんね。

2人は合コン後、すぐに意気投合して1年ほどの交際期間を経て結婚することになりました。芸能関係の人ではなく一般人ということで、結婚した際も大黒摩季さんから元旦那さんのことを公表することはありませんでした。

 

いろいろと調べてみると、元旦那さんは九州出身の方でIT企業に勤務されていたという情報が判明しました。

また元サッカー選手でJリーグを目指していたほどの実力の持ち主だったようです。ですが、怪我がきっかけでプロサッカー選手の夢は断念されたみたいです。

そして今回の離婚の発表と合わせて、元旦那さんには妻子がいることを公表しています。正式に大黒摩季さんが離婚されたのは、2019年4月ですが実際には2018年1月ごろにすでに離婚することは同意していたみたいです。離婚届けの提出を忘れたのが理由で、新しい奥さんが妊娠していたので精神的ショックがあってはいけないと思い、このタイミングでの発表にしたのだそうです。

 

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大黒摩季さんが元旦那さんと離婚した理由

 

ロックシンガーの大黒摩季(49)が今年4月に離婚したことが20日、分かった。

スポニチ本紙のインタビューで明らかにしたもので、子宮疾患と不妊治療との凄絶な闘いだった16年間の結婚生活に終止符を打った理由を「子供を産めなかった罪の意識を抱えて生きるより、彼の幸せを応援する人生を選んだ」と説明。元夫は再婚し、子供もいる。

「私も仕事も恋もブイブイいきます。50歳の“肉食系ヤミ子”の爆走よ!」と笑顔で宣言した。大みそかで50歳を迎えるのを目前にした離婚の公表。

「自分から離婚発表するのも変だし、でもこのまま公表しないでいると、ただでさえ大黒摩季に寄ってくる男がいないのに、不倫となったら絶対誰も来ないままだから!」と大笑いで理由を明かした。

出典:ヤフーニュース

 

大黒摩季さんは離婚された理由をインタビューで答えています。離婚した理由はふたつ挙げられていました。

 

①子供を産めなかったから

大黒摩季さんは1996年末から子宮腺筋症を患ってました。子宮疾患の治療のために2010年10月末で無期限活動休止しています。さらにこの子宮腺筋症だけではなく、左卵巣嚢腫、子宮内膜症、子宮筋腫、も併発してしまい子宮疾患が重なってしまいました。

内臓を圧迫して、これ以上肥大してしまうと、子宮全摘出をするしかない可能性があり、妊娠できなくなってしまう状況だったみたいです。

 

不妊治療すれば病気が悪くなり、病気を治せば不妊治療の当たりが悪くなる。その負のスパイラルの中で0・1%の望みにかけたけどダメだった。最後の卵がなくなったのが一昨年(2017年)の9月。何回泣いたか分からない。生まれて初めて絶望した。それまでは仕事なんかでも少々の挫折は盛り返せたし、頑張れば結果に結びついたけど、こればっかりは私自身の体の問題でもう限界だった。

出典:ヤフーニュース

 

受精卵を凍結保存した上での子宮全摘手術にも臨んだりと、壮絶な闘病生活を送っていた大黒摩季さんはこのように明かしています。離婚は大黒摩季さんから切り出したみたいです。

②元旦那さんに幸せになって欲しいから

大黒摩季さんにインタビューによると「元旦那さんは子供については明るく諦めたつもりになってくれていた」と話されています。ですが、これが逆に大黒摩季さんの心を苦しませることになってしまいました。

 

お友達の家族と遊んでいる時にその子供を抱っこしている表情を見て“この人こういう顔するんだなあ”って…。

私は一生、この罪の意識と生きていくのかと。そうなるといつか小憎らしいことを言うようになっちゃって、そんな醜態さらして生きていきたくはないと思うようになったの。

彼はいい人だし、大好きだから幸せになってほしいって心底思うようになって。自分の中でいろんなものが削(そ)ぎ落とされたら、痛みから解放されて、変な闇が来なくなったの。

本来の明るくポジティブな私が取り戻せてきて“私が好きな私”がよみがえってきた。2人でいながら罪の意識を抱えて生きていくより、彼の幸せを応援する方が楽だと思ったの。彼も説得するうちに受け止めてくれて、新しい恋をしようねって離婚に合意したのが昨年の初めだった。

出典:ヤフーニュース

 

大黒摩季さんは大好きな旦那さんのことを考えて、ご自身が叶えてあげることのできなかった父親にならせてあげるために自ら離婚を切り出したのです。好きだから故に離れる覚悟を決めるのは相当辛かったと思います。本当にかっこいい女性ですね。元旦那さんは新しい奥様と子宝に恵まれて晴れて父親になれたということも笑顔で語られています。

 

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まとめ

 

今回は大黒摩季さんの離婚原因、元旦那さんについてまとめてきました。壮絶な闘病生活を乗り越え、元旦那さんの幸せを願い自ら離婚の話しを持ちかけた大黒摩季さんはかっこよすぎです。

大黒摩季さんは2020年には50歳を迎えます。スローガン‬ ‪は『50歳50トライ』とのこと。50歳にして初となるグラビアにも挑戦することが明らかになっており、今後の活躍が期待されています。

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